恋愛エキスパート有也のブログ。

メインHPは『恋愛エキスパート有也の恋愛マニュアル』です。
『LOVE at Night』の感想はメインHPにある専用掲示板にお願いします。
ここでの相談は受け付けてません。詳細はHPへ。
ツイッターやってます。@lovemanual
ミキミキツンパで一言。
あ、思い出した。
:解説:
ツイートしたコレ。
https://twitter.com/lovemanual/status/460678179149975552

@lovemanual: 「ミキミキ、ツンパ、カルテイハ?イエスかノーで答えて!」
って小学生の頃に男子の間で流行ってたけど、今の俺なら「答えは“ノー”だ!」と答えてニヤニヤする。

大人になるってこういうことでしょうか。
きっと違います。


と、ツイート。

ミキミキツンパカルテイハ

キミキミパンツハイテルカ
なわけだけど、


しかし、そもそも、
“パンツを履いていないことが変”なのではない。
“パンツを履くことが常識”と思い込まされている事に気付くべき。

新たな常識を生み出したものが、市場を生み出すのだ。
流行りを生み出して売りつけ、新たなものを売るために流行りを廃らせる。

結局、広告宣伝業界の意のままに操られてパンツを履いているんだ!
おまえの常識は誰かに作られた常識だ!

さぁ、パンツを脱ぎ捨てろ!
常識を解き放て!



おまわりさん、この人です!笑
| 有也 | 思い出 | 23:25 | comments(2) |
駅のコンビニで一言。
懐かしいな…。
:解説:
(※NEW DAYS=JR東日本の駅にあるコンビニ)
NEW DAYSでミルクティーを買ったら、隣のレジのおばちゃんが俺のレジをやってる女の子にこう言った。

「2000円札、どうしたらいいかな?」

見れば、手元に2000円札。
あら、懐かしい。

そういえば、そんなのあったよね。
割とスゴイ技術を使って作ったんだよね、それ。

もう発行されてから10年以上も経つのか…。
最後に2000円札を見たのはいつだろう。2004年くらいかな。

2000年前後には韓国の500ウォン硬貨を加工した変造500円玉が自動販売機で大量に使われて、
その対策として新500円硬貨も発行されて、新500円玉に対応する自動販売機の入れ替えがあったっけ。

それまでの自動販売機は、投入されたお金をプールしておいて、返却レバーが押されるとそれがそのまま返ってくるタイプと、
投入された金額をカウントして硬貨ごとに釣り銭の場所に入れて、返却レバーを押すと一番下にある硬貨が順番に出てくるタイプ、
その二種類があったけど、変造500ウォン玉の対策のために全てがプールされるタイプになったんだよ。

それを知ってるのは、俺が実体験として500ウォン玉を使ったことがあるからなんだよね。
まぁ、使ったといってもそれで何か購入したり、500円玉をかすめとったわけではないんだが。


ある時、KIRINの自販機でジュースを買ったら、釣り銭口に500ウォン玉が入ってた。
多分、ここで使おうとしたが使えなかったから置いていったのだろう。
「話には聞いたことがあったが、これがそうなのか」と思って、とりあえずポケットに入れておいた。

そして、Saityにそれを見せると、「実際に使えんのかな?」という話になった。
Saityも実際に変造500ウォン玉を見たことがあるが、それはドリルで削られて軽くなったものだとのこと。
俺が拾ったものは本当にただの500ウォン玉だった。

当時の俺らは同じ系列のパブで働いていて、Saityが店長を勤めるパブの上に系列の焼肉屋があった。(社長が在日韓国人だった)
その焼肉屋にタバコの自販機があって、そこで試してみることにしたのだ。

500ウォン玉をチャリンと入れてみると、見事に『500円』と表示された。
「おぉー、すげぇな。笑」と感心した後、返却レバーを押してみた。

ところが、釣り銭口から出てきたのは普通の500円玉だった。
「えっ…。」息を呑む俺とSaity。

「待て待て待て!今のヤツはどこ行った!笑」と大騒ぎ。
そこで、「おまえら、何やってんだー?」と焼肉店の店長が出てきた。

「いや、なんでもないっす!タバコ買おうと思って。」とすっとぼけてみた。
「変なやつらだな。」と店長はそのまま厨房に戻って行った。

小さい頃、よく古い10円玉(ギザ10)を集めるために色んな自販機を回っていたのだが、
俺はその時のことを思い出した。

「そういえば、自販機って返却レバー押すとそのまま出てくるタイプと、釣り銭が循環するタイプがあるよな。」
「ってことは、何度も入れて押せば…戻ってくるってことか?」
「…タブン。」

出てきた500円玉を入れてみると、別の年号の500円玉が出てきた。
「お、これならいけるんじゃね?」
「でも、もしかしたら…釣り銭用の金を入れてる場所と客が入れた金が入る場所が違うかもしれないよな…。」
「その時は…どうしようもないな…。俺らでは取りようがない…。」

一抹の不安を胸に、500円玉を入れては出し、入れては出しの延々ループ作業。
さらに、ここでもう一抹の不安。

「ってかさ、この機械の中に500円玉って何枚入ってるんだろ…。」
「さすがに数百枚とかじゃないよな…。」

そこからは無言で、ただただやるしかないという思いだけで動いていた。
数百枚だとしたら、ループしていても気付かないかもしれない。

だが、50回くらいやった時にヤツは戻ってきた。
「来た!」
「Yes!」
安堵のハイタッチ。

そして、俺らを苦しめた500ウォン玉をグッと握り締める。
「こやつをどうしてくれようか。」
「苦労させやがってな。」
いや、完全に悪いのはオチャメ心で自販機に入れた自分らなんだが。

Saityはビルの外側にある非常階段に出ると、「オラァ!」とそれを力いっぱい遠くに放り投げた。
数秒後、遠くから“チャリーン”という小気味良い音が響いてきた。


こんな変造硬貨なんぞで、マジメにコツコツと稼いでるところからかすめ取るような悪事はイカン。
しかも、韓国の通貨で日本の通貨をかすめ取るってやり方が気に入らん。

欲に駆られたアホを見事としか言いようがない手口で引っ掛けるような詐欺なら良いが、
なんかこういうのは違うと思うのだ。(いや、本来はどっちも良くないけど、どうせなら的な意味で)


500円玉は新500円玉にとって代わり、自販機もプールしてそのまま帰すタイプが主流になったが、
何の問題も起こってないはずの2000円札は厄介なモノとして扱われる始末。

海外は治安が悪いから20ドル札とかが使われるんだよな。
(基本的にカードの方が信用され、100ドル札などの高額紙幣は偽造を疑われたりする)
日本においては全くもって必要がないんだよ、2000円札なんぞ。

一時期、ATMから2000円札ばっかり出てきていた時期があったけど、あれはホントにやめて欲しかった。
自販機で使えないことが多かったし。

今でも沖縄県だけはかなりの量が流通しているらしいが、(首里城の守礼門が描かれているから広めたらしい)
全国的には5000円札の3分の1しか流通してないようだし、なくなっていいんじゃないか。



冒頭に出たNEW DAYSのおばちゃんは、「わかりやすいところでいいよね。」と、
レジの小銭を入れる部分を持ち上げて、その下に2000円札を入れていた。

レジの中にも、既にあの子の居場所は無いようだ。
「そう、私はいらない子。自分でもわかってる。」

そんな風につぶやいて、レジの下の暗がりでまた眠りにつく。


そんな風に擬人化してみたら、2000円札の流通量が増すんじゃないか。
いや、それはないか。
| 有也 | 思い出 | 16:36 | comments(2) |
推理の思い出で一言。
そういえば…。
:解説:
そんなに汚い話ではないが、
念のため、食事中の方は読むのを控えた方がよろしいかもしれない。


小5のある日。
登校してきた時、既に“それ”はあった。

教室の後方に金属製のバケツが置いてあったのだ。
それを早く登校してきた数名が集まって囲んでいる、ちょっと異様な光景だった。

バケツが置いてあるだけなら、何も不思議には思わない。
『誰かが掃除用具入れから出したのかな?』という程度で終わる話だ。

だが、それはただのバケツではなかった。
「どうしたの?」と誰ともなしに尋ねると、一人がこう言った。
「こっち来て見てみ。」

ランドセルを自分の机に置き、言われるがままにバケツを覗いてみた。
その中には、見事な見事な一本グソが入っていたのだ。

「なんでウンコがあんの?」
「知らね。来たらあった。」

俺よりも先に登校していたのはわずか5名ほどだった。
この時、『俺が一番に登校していたら、俺が疑われていたかもしれない』と考えてヒヤッとしたものだ。
『早く来なくて良かった…。』と心から思った。

しかし、解せん。
「誰が」「何の為に」「教室で」ウンコをしたのか。

子供にしては立派なモノであった。
漢字四文字で表すなら、『威風堂々』だろうか。
冗談のように聞こえるかもしれないが割とマジでそんな雰囲気のあるウンコだった。

これほどのモノを子供がするだろうか…?
そのサイズは俺が1年に1回出すか出さないかくらいのレベルだった。

しかし、容疑者の大半は子供だ。
確率論で言えば、子供である可能性の方が高いような気もする。

小学生ってのは「ウンコー!」と言うだけで笑い転げるものだが、この時ばかりは違った。
みんな、巨大すぎるウンコに怯んでいたのだ。

「デカすぎじゃね?」
「……大人がしたのかな?」
「仲山じゃね?あいつんち、ウンコあったぜ。」
「えっ、なにそれ。笑」
「なんか、あいつの家に遊びに行ったらさ、フツーにウンコ落ちてんの。」
「きたねー!」

ここで急遽、『仲山犯人説』が浮かんできた。
とはいえ、あまりに短絡的な結び付けなのが明白であるし、彼はまだ登校していない。
みんな、ただ黙り込んで時を過ごすよりも、わずかな可能性でも挙げたがっているだけだった。
(今考えてみると、仲山の家では犬を飼っていたので、しつけの不完全な犬の仕業だったのだろう)

犯人は誰なんだ?
みんな、『誰が』の部分にばかり目が行っていたのだ。

しかし、ここで俺は考えていた。
重要なのは『誰が』ではなく、『何の為に』ではないか。
『犯行目的』を探れば、『犯人』もおのずと浮かんできそうなものだ。

しかし、バケツの置いてある場所は“誰かの机の近く”ではなく、
“教室の後方に空いたスペースの真ん中”だった。

誰かの机の近くではない…。
つまり、これは誰かに対する嫌がらせや怨恨の類ではないことになる。
そうすると絞りづらくなってくる。

イジメられて不登校になっていた女の子が1人いたが、
その子はそんな大それたことをやるとは思えないし、身体も小柄だった。
こんな立派なモノをひり出すのは不可能だろう。

【Q1.犯人の犯行動機はなんだ?】
|韻乏放的な空間で大便をしたかった(性癖説)
∋童らが戸惑う様子を想像して愉快な気持ちになりたかった(大人の犯行説)
みんなが自分のウンコを前にして、どんな反応をするのか実際に見てみたかった(犯人クラスメート説)

【Q2.なぜこの教室を選んだのか?】
ー分のクラスだから
▲爛つくヤツがいるクラスだから
9イな子がいるクラスだから
い覆鵑箸覆通りかかったから

俺がここまで考えていた時、担任が教室に入ってきた。
生徒たちの様子に少し違和感を感じたのか、担任が尋ねた。
「どうしたの?早く座りなさい。」
「先生、ウンコがある。」
「えぇっ?誰がしたの?」
「来たらあったの。」

どうやら担任ではないようだ。
態度からして違う。←わずかに疑ってた(笑

結局、「犯人が名乗り出てくるはずがないだろう」ということと、
「オナカの調子が悪かったんでしょう」という担任の言葉で締めくくられたのだった。

しかし、犯人が本当にオナカの調子が悪かったのであれば、
わざわざバケツを掃除用具入れから取り出す必要はない。
なぜならば、教室を出て10秒の位置にトイレがあるのだから。

当時、10歳かそこらのガキである俺にはそれ以上のことはわからなかった。
担任の手によってバケツにあったウンコがトイレに流され、一つの時代が終わったような気がした。

犯人が誰だったのか、俺にはわからない。
担任が知っているのかどうかもわからないし、その後にこの話を誰かとしたこともない。


担任にとってはどうでもいいことだったかもしれない。
しかし、犯人にとっては大事なアイデンティティーの証明かもしれないのだ。
あんな風にスッと終わらせてよかったのか。

そこには鬱屈した犯人からのメッセージが込められているのではないのか。
『自分を見てくれ』という魂の叫びかもしれない。

いや、よく考えたら違うか。
ここでスッと終わらせないと、犯人を面白がらせるだけかもしれない。
そう考えると、担任は事態の沈静化を図った発言をしたのか。


今になって考えてみると、犯人は学校外の不審者であった可能性も高い。
卒業生かなんかがイタズラ心でウンコして置いといただけだったのかもしれない。

いずれにしても、子供の仕業である可能性は低かったと思う。

それはウンコというにはあまりにも大きすぎた。
大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。それはまさに糞塊だった。
| 有也 | 思い出 | 15:53 | comments(6) |
もみじまんじゅうで一言。
これが噂の…。
:解説:
生まれて初めてのもみじまんじゅう。



大昔に「もみじまんじゅう!」というギャグ(?)があったと聞いた事があった。
(マンガ『イオナ』でも使われていた)

実物がどんなものなのか、うっすら気になっていたのだ。
実際に見てみるとなんてこたぁない、普通の焼き物だった。

広島の宮島名物らしい。
それすら知らなかった。

広島名物といえば、広島焼きしか知らない。
あとは…はだしのゲン?←名物じゃない(笑


話を戻そう。
「もみじまんじゅう!」はB&Bというコンビがやっていたネタらしい。
島田洋七&島田洋八のコンビで、それぞれの出身地である岡山と広島を罵るネタがあり、
そこで広島名物である「もみじまんじゅう」をジェスチャーしながら自慢げに洋七が言う。
洋七はがばいばあちゃんの人ね。

とりあえず、中国の動画サイトでチラッと見る事は出来た。
中国のサイトなので、あえてリンクはしないでおく。
『MANZAIカバーズ』で検索すると、その動画の中に往年の彼らが少し映る。


で、その流れで彼らと同じ時代から活躍していたビートたけしらが関連リンクに出て、
なんかその流れでビートたけしの師匠の深見千三郎さんの動画やら、
ビートたけしの母親の葬儀の動画を見ていたら、なんだかもらい泣きしてしまった。
(ご両親については『菊次郎とさき』という小説を書いてドラマ化された)

幼稚園児の頃、俺が一番好きな芸能人はビートたけしだった。
『オレたちひょうきん族』を毎週欠かさず見ていた。

誰よりもビートたけしが好きで、
共演していた明石家さんまはサブキャラというイメージだった。
紳助に至っては邪魔な脇役でしかなかった。

大人の事情でたけしが謹慎していた時はホントにつまらなかった。
毎週、ひょうきん族に彼が戻ってくる日を待っていたものだ。

さんまが1人でオープニングをやって、
「今日もあの人は来ません…。さんちゃん、さみしい。笑」
などと冗談交じりに言っていたのを今でもハッキリと覚えている。
俺もホントにさみしかったものだ。

さんまはその間に『シカのフン』を歌って流行らせていたような気がする。
その頃から、さんまも同じくらい好きになった。

彼がスクーターで事故った時も、記者会見を見て相当なショックを受けた。
「もうたけしはダメかもしれない…。」などと思い、軽く泣きそうになったものだ。


めちゃイケで岡村が休んでる時もつまらなかった。
復帰したのを見た時はホントに嬉しかった。
それは昔のたけしとちょっぴりカブるかもしれない。

事情は違うけど、土曜8時のフジテレビってのは特別だ。
『オレたちひょうきん族』も『めちゃイケ』も土8フジ。

ウッチャンナンチャンの『やるならやらねば』も見てたなぁ。
あれも土8フジだった。
突然、番組中の事故で打ち切りになったのは残念だったなぁ。


そういえば、小さい頃は休日のお昼によく漫才番組をやっていたような気がする。
気のせいかな。

いまだと、笑点の前座くらいでしかやってないよね。
たまには正統派の喋り倒し漫才が出来る人が見たいわぁ。
| 有也 | 思い出 | 23:07 | comments(0) |
インタビュー・ウィズ・おっさんで一言。
ほぉ〜、そうなんですか。
:解説:
少し前に飲み屋で隣に座ったオッサン(たしか57歳)と仲良くなった。

年頃の娘さんが2人いて、すごく大事そうにプリクラを見せてくれた。
「やっぱり、娘って可愛いもんですか。」と聞いたら、嬉しそうに頷いていた。

「娘さんが彼氏を連れてきたら嫌ですか?」と聞いたら、
100万ドルの苦笑いを見せてくれた。あぁ、嫌なんだ。笑

話してるうちになんだか俺はメッチャメチャ気に入られたらしい。
「この兄ちゃんはイイ男だ。逃がすな。」と一緒に飲んでいる女の子に言っていた。

あまりに褒められたので、「俺が娘さんの彼氏だったらどうですか。」と聞いてみたら、
「いや、君ならいいよ!喜んで!」と言われた。

どこでそんなに気に入られたんだろう。
まぁいいか。悪い気はしないものだ。

こういう状態になったオッサンは割と何でも腹を割って話してくれる。
パブ上がりの俺はこういうチャンスを逃さない。

そんなわけで、色々と彼の人生や持っている感覚について聞いてみた。


「俺は5人兄弟で必ず家に誰かしらが居たので、寂しさを感じた事が無いんです。」
そんな話をしたら、彼は「俺はその逆だなぁ。」と言っていた。

兄弟は別で暮らしていたし、両親は仕事ばかり。
孤独が当たり前だった。
なので、逆に誰かが一緒に居るとどうしていいかわからなくなる。


――それなのに、よく結婚できましたね?

30年前、今の奥さんになる人と付き合っていたが、後継ぎ問題があった。
自分も彼女も長男長女で跡継ぎだった。
どっちの家を継ぐかとか、それが周りを巻き込んだゴタゴタになり、
モメにモメて仕方なく別れることにした。


――そこから、どうやって結婚に繋がったのですか?

別れて3年目のバレンタインデーに奥さんから手紙がきた。
『やっぱり忘れられない。』というような事が書かれていた。

それまで、ずっと彼女のことを忘れよう吹っ切ろうとしていたし、
既に新しい彼女もいたので、新旧の想いが頭の中でグチャグチャになった。

過去も未来もひっくるめて、全部まとめて面倒を見る覚悟をした。
新しく付き合っていた彼女には事情を話して別れて、今の奥さんと結婚。
そして、現在に至る。


Q:30年経った今と、結婚を決めた時ではどのように違うのか。
A:好きな女がそのまま大人になったから、変わらない。好きな女は好きな女のまま。

Q:夜の生活はあるのか。
A:一切無い。次女が産まれてからはしてない。

Q:人が居ると、どうしていいかわからなくなる問題は?
A:結婚時の覚悟があったからか、なんら問題は無かった。

オッサンと語り合った内容はこんなカンジだった。


俺の中で、結婚についての漠然とした疑問みたいなのが以前からあって、
その辺についてはどういう感覚でいるものなんだろうと思っていたのだ。

今後も同じような内容で色んなオッサンにアレコレ聞いて、
彼らの遠い日の思い出を掘り起こしたい。

そして、それらを聞いているうちに俺の中でも固まるものがあるはずなのだ。
それはきっと役立つ。

思い出を掘り起こす事で、2人がまた初々しい関係に戻ったりしないかな。
そんな想像も少しだけしてみる。


ウチのオトンにも聞いてはみたいが……、
さすがに自分の親に生々しい話を聞くのは抵抗があるなぁ……。

馴れ初めは100回くらい聞いているからオナカいっぱいなんだけどさ。
夜の生活とかは聞いちゃいけない気がするんだ。自分の親には。


しかし、アレだな。
他人の思い出話を聞くと、なんだかその人が愛らしく思えてしまう。

ホスト時代の専務も以前はそんなに好きじゃなかったんだけど、
若かりし頃の話とかを聞いてるうちにすごく好きになってしまったんだよな。
なんだろ、応援したくなるような味方でいたくなるような感覚。

裁判員制度でその人の生い立ちを話したら、裁判員の気持ちは変わる気がする。
物語を読んでいる時、どんなに悪い主人公でも味方をしたくなってしまうような。
そんな感覚ってないかねぇ。
| 有也 | 思い出 | 23:22 | comments(7) |
ポテロングの思い出で一言。
美味しいよなぁ。
:解説:
じゃがりこよりもポテロングが好きだ。


生まれて初めてポテロングを食べた時の感動といったらなかった。
他の何物にも例えようがなかった。

ポテロングは初期のキン肉マンの中で、たまに出ていたのだ。
それを見るたびに、『ポテロングって、どんなお菓子だろう。』と、
色んな想像をして、期待に胸を膨らませていたのだ。

そして、ついに食べる事ができたのが小学校高学年とかだったと思う。
兄貴がどっかから買ってきたんだ。

ポテロングを見るなり、俺は「あっ、それは!」と叫んだ。
長い間、憧れていたお菓子がすぐそこにある。

『おまえのモノは俺のもの。』
俺の中のジャイアンがそう叫んでいた。

目にも止まらぬ速さで奪い取ろうとしたが、ガードされた。
「クソ!俺に寄越せ!」
「ふざけんな。笑」
お互い睨み合ったまま、構えを解かなかった。

『全部奪い取って食べる作戦』は失敗に終わった。
次なる手は『なるべく多めに分けてもらう作戦』だ。

「ちゃんとやるから落ち着け。」
「ガウー!」
「見境の無いヤツめ…。」

兄貴はポテロングの箱を開けると、その中から1本出して食べ始めた。
「うめぇ!笑」
兄貴も長年待っていた味だ。
感動もひとしおだろう。

すかさず、俺にも寄越せアピールをしてみた。
「ちょうだいよ!」←偉そう(笑
「チッ、しょうがねぇなぁ。」

そう、兄貴は最初から俺に分けてくれるつもりでいるのだ。
なぜなら、ポテロングは俺らが楽しみにしていたお菓子であって、
他の家族は全く興味が無いお菓子だからだ。

そもそも、兄貴は1人占めを心から楽しむような人間ではない。
結局、兄貴は俺とキン肉マンの感動を共有したいのだ。
そのためにわざわざポテロングを買ってきたのだ。

当時の俺にはそれがわかっていた。
なので、『貴様の感動を共有してやるから寄越せ。』というスタンスなのだ。

なんという傲慢か。
とんでもないガキだ。
我ながら惚れぼれする。

初めて食べたポテロングは美味かった。
それまで食っていたジャガイモ系のお菓子とは違う風合い。
塩加減もちょっと濃いめで食感もいい。
これはポテトチップスより好きかもしれない。

俺の腹は決まった。
『美味しいお菓子を一緒に食べてニコニコと喜ぶ可愛い弟』を演じ、
『これだけ喜んでいるのだから、もう少しあげてもいいか…。』という情けを買う。
そして、しばらくおとなしくお菓子を楽しんで油断させ、一気に奪い取る。
名付けて、荒野の砂嵐作戦。

狂犬→与える→喜ぶ→もっと与える→仲間になったフリ→油断する→奪う
大まかに言うと、こういう流れだ。

「美味いなぁ。」ポリポリ
「ポテロングが出てたのってキン肉マンの何巻だっけ?」
「アレは確か…。」

兄貴の脳は記憶を辿る事に集中し始めた。

も ら っ た !

すかさず兄貴からポテロングの箱を奪い取り、
一気に抱え込むようにして守りながら一気に食べる。

「あっ、テメェ!」
すかさず、殴りかかってくる兄貴。

だが、もうある程度は食ってしまった。
俺の勝利だ。

「さぁ、殺せ。殺しても貴様のポテロングはもう戻ってこないがな。」
「この野郎!さぁ、吐け!」
俺のほっぺたをつまんで口を覗きこむ兄貴。

「もうありません〜。へへ〜んだ。残念賞〜。」
「なんなの、うるさいわねぇ。」
「お母さーん!有也が俺のポテロングを奪って食いやがった!」
「もうアンタは…やめなさいよ?そういうマネは…。」
「イヒヒ。」
憎らしい顔をして見せる俺。

「んじゃ、お母さんがお兄ちゃんにアイスを買ってあげる。」
「えっ!?」
「お、やったー。笑」
「俺も!俺も!」
「アンタは無し。」

しかし、ここで天秤にかけてみる。
アイスは普段から割と食ってる。

「ポテロングが食えたからアイスは別にいいや。」
「んじゃ、お兄ちゃんにはお菓子も買ってあげる。」
「えっ!?ズルイ!」
「アンタが意地汚い真似をするからでしょうが。」
「ざまぁ。笑」

ここで俺はイジケて家を飛び出す。
しかし、近所で遊んでいるうちにそんな事は忘れてしまうのだ。


そんなわけで、俺の中ではじゃがりこよりもポテロングが上だ。
味だけでは測れない、思い出深いお菓子だからだ。


そんな今日はジャガビーを食べようと思う。
ポテロングより美味いから。

| 有也 | 思い出 | 21:47 | comments(6) |
給食の思い出で一言。
無いわぁ…。
:解説:
朝のニュースで給食についてのランキングをやっていた。

嫌いだった給食ランキング1位は脱脂粉乳。
年輩の人たちの回答だ。

そして、人気ランキングの上位に入ってたのがコレ。
揚げパン・ミルメイク・ソフト麺。

このランキングがイマイチわからない。
え?それ美味いの?

揚げパン→そこまで人気が無かった
ミルメイク→そういう身体に悪そうなものは出なかった
ソフト麺→袋のままで出てくるボソボソした麺などなかった

ウチの小学校はいわゆる給食センターの給食ではなく、
子供が大好きな栄養士さんによる自校給食だった。
しかも、それがメチャクチャ美味かったのだ。

給食調理員さんたちもすごく優しくて良い方たちで、
みんな給食がすごく楽しみで大好きだった。

1年に1回、お楽しみ献立というのがあって、
全生徒からのリクエストで上位メニューが選ばれたりもした。
絶品だったスパゲティーミートソース、コーヒー牛乳、アイスなどが多かった。


中学生になった時、センター給食のマズさに驚いた。
「よくこんなもんを育ち盛りの子供に出せるな…。」と思った。

そして、そこで自校給食の有難さにようやく気付いた。
センター給食とか、犬の餌っすわ。

俺と同じく転校生で自校給食の学校から来たSaityも同じ事を言っていた。
ウチの妹も同じ事を言っていた。

ホントに悲惨な味。それがセンター給食。
海原雄山だったら、「こんなものは食うに値しない!」とか言ってる。
山岡士朗だったら、「ぐむぅ…。」って吐きそうになってる。


あぁ、そうだ。
小学校の栄養士さんが変わった途端に給食が少しマズくなったんだ。
栄養士さんってすごく大事なんだなぁと思ったっけ。

まぁ、新任の栄養士さんもそれなりに良かったけど、
やっぱり最初が良過ぎただけに、少しガッカリだったな。
| 有也 | 思い出 | 22:33 | comments(4) |
マラソンの思い出で一言。
ムチャな走り方だったな…。
:解説:
小さい頃、マラソンをする時に、
ダッシュ→軽く流す→ダッシュ→軽く流す
っていう走り方をしてたのは俺だけじゃないはず。

爽快に何人もゴボウ抜きをして、ちょっぴりスッキリした後に、
ダラダラと景色を楽しみながら、沿道で応援する人たちに軽く挨拶。
それが俺にとってのマラソンだった。

やっぱり、小さい頃からどっか変なのかもしれない。
その走り方って効率が悪いしね。

まぁ、当時は習い事(水泳とサッカー)のおかげで、
そこそこ体力があったから、まだ良かったものの、
今、同じ事をやったら最初のダッシュだけで、
「ポンポン痛い。もうやら(ヤダ)…。(´;ω;`)」ってなるだろう。

マラソンって、どこまで気力だけで行けるんだろう。
仮に痛みやダルさを感じなかったら、誰でもかなりのペースで走れるんだろうか。

それと、生まれて間もない頃から毎日全力ダッシュで長距離を走っていたら、
その人は将来、全力ダッシュでマラソンできるようになるんだろうか。

幼い頃から走る事が仕事だったらありうるかな。
んなこたないかな。


そういえば、俺の通ってた小学校はマラソン+縄跳びを盛んにやってたな。

マラソンの時期になるとカードが配られて、走った分だけハンコを貰うの。
山手線カードから始まって、色んな駅を回ってゴールまで走るの。
グラウンドを3周すると1駅だったかな。
んで、1つのカードをクリアすると次のカード(東海道線とか)に進むカンジ。
すごい人は朝礼で表彰される。そんなシステム。

縄跳びも同じようなカンジ。
最初は前回し5回とかからスタートして、10個の課題をクリアすると次のカード。
んで、次のカードに行く時の最終テストは友達2人の証人が必要なの。
最後のカードのラストが4重跳びだったっけな。
これも同じようにスゴイ人は表彰される。

さらに、ウチの学校は【縄跳びギネス】ってのがあって、
それぞれの種目で記録を出したら、2人の証人と共に申請するの。
そうすると、正門前にある大きい掲示板に自分の記録が乗るシステム。
前回し2000回とか、2重跳び300回とか、3重跳び50回とか。
マニアックどころでは後方駆け足あや跳びってのもあったな。
四重跳びが出来る人間は2人しかいなかったな。

縄跳びギネス記録保持者 鈴木名人の縄跳び講座


すごく勉強になります。

縄跳びの長さは身長+60cmが良いのか。知らんかった。
名人は身長+35〜40cmだそうだ。

【鈴木名人の持つギネス記録】
 耐久9時間42分
 2重跳び 10,133回
 3重跳び 441回
 4重跳び 98回
 5重跳び 20回
 6重跳び 1回

スゴイなぁ。
なんだか縄跳びがやりたくなってきた。



久々にやってみようかな。
| 有也 | 思い出 | 23:13 | comments(0) |
成人の日に一言。
成人式かぁ。
:解説:
今や毎年恒例になった成人式のバカ騒ぎって、
一時期からやたらと報道されるようになったけど、
そもそも、昔は大目に見てただけなんじゃねぇかって気もする。

団塊の世代は「最近は人の痛みがわからない人が増えた」なんて言うが、
お祭り気分で学生運動という名の暴動に参加してた世代がそれを言えるのか。
いや、言えない。(反語)

実際、家庭内殺人が一番多かったのは、1970年代だったりする。
当時は悲惨なニュースをマスコミがあまり報道しなかっただけ。

今のマスコミは団塊の世代が企業のトップになったせいか、
悲惨なニュースも余裕で報道するようになった。
団塊の世代的には視聴率が取れれば何でも良いらしい。

戦後の復興に尽力した団塊の世代の親たちは、
「子供たちに幸せな世の中を…。」と頑張った結果、
変に甘やかしてしまったんだろうか。

どうも、団塊の世代には空気の読めない人間が多すぎるように思う。
声高に内容の薄いエコロジーを叫ぶエゴジジイ。
スーパーカーブームの世代がエコカーに飛び付く時代の流れの不思議。

そんな彼らを支えるために、若い世代に年金という名のネズミ講を強要。
親ならまだしも、見ず知らずのジジイを養おうとは思わんだろ…。


って、誰かが言ってた。
俺じゃないです。笑


俺の成人の日はどんなんだったっけな。

朝の6時までSaityと一緒にパブで仕事をしていて、
そのまま寝ないで先輩のベンツを借りて洗車して会場に行ったんだっけ。
おニューのスーツをパリッと着込んでたっけ。

懐かしい顔ぶれに会うのは、嬉しさ半分、ダルさ半分。
正直、地元の連中で、会えて嬉しい人間って少ない。
頭の悪いヤンキーばかりで困ったものだ。

ウチの地元のヤツらは群れると悪さをするんだよな。
1人1人はそんなに悪くないんだけど。

そんなアホの中の誰かが樽酒を買ってきていた。
案の定、俺らが帰った直後くらいに酔ってケンカがおっぱじまったらしい。

俺は朝の10時半には家で寝てた。
もうね、何人かと話して記念に写真を撮るだけで精一杯だった。
眠さの限界。

Saityはそのまま小学校時代の地元に顔を出したと言ってた。
Saityはタフだったなぁ…。


酔って暴れちゃった子も、ちゃんと式典に参加した人も、
それぞれに思い出深い日になればいいんじゃないか。
そんな風に思う。

あまり人に迷惑を掛けない方が良いけどね。
多少ならハメを外してもいいと思うよ。

大学を占拠して火炎瓶を投げたりしなければOK。
| 有也 | 思い出 | 23:06 | comments(2) |
パスポートを眺めて一言。
この写真で10年か…。
:解説:
そうそう、パスポート取得してきたんだよ。
何日前だったかな。忘れたけど。

あらかじめ用意するものは戸籍謄本(抄本)と免許証くらい。
(住民票は住基ネットに入ってない自治体に暮らす人だけ必要)
その戸籍謄本がある本籍ってのが俺の場合は新潟県でね。

新潟って、昔オトンが暮らしてたトコなんだよ。
その後、オトンの実家は新津に移ったんだけど、オトンは戸籍をそのままにしてたんだよね。
ノスタルジックな気持ちがあるのか何なのかわからんけど。

で、俺も戸籍を動かしてないから本籍が新潟県のままなの。
だから、新潟市の郵送センターに郵便小為替と申込用紙と返信用封筒を送って、
返信封筒で届くのを待たなきゃいけないの。ちょっと面倒。

んで、その郵便小為替なんだけど、それは郵便局で買う金券なんだ。
郵便小為替って馴染みが無かったから、よくわかんなくてね。
間違って定額小為替金受領書という領収書の方を送っちゃってね。
二度手間っすわ。

で、なんとか戸籍謄本も届いてパスポートセンターに行ってみたけど、
よくよく考えたら申請に必要なお金を下ろしてくるのを忘れてた。

しょうがないから周辺でセブン銀行探し。
あまり行かないトコだったので、これにちょっと手間取った。
15分くらいウロウロして発見。意外と近くにあった。

そして、再び戻ってきて、申請に関する案内を見たら、写真が必要とある。
写真は用意してこなかったから、目の前の写真屋さんで撮ってもらったんだよ。

『2000円とか高くね?』と思いつつさ。
機械のスピード写真が600円とか700円の時代に2000円だよ。

俺はてっきり、その2000円に代書料も入ってるのかと思ってたんだよね。
それなら免許試験場の前でもやってるわなと思ってさ。
写真を撮ってもらって申請書をタイピングしてもらって、それで2000円かと。

そしたら、違うんだよ。写真だけ。
しかもデジカメで撮ってるくせに写真を選べないの。
なんとなく2回撮ったヤツをその場で現像するだけ。

しかも、それがそのままパスポートの写真になるとは知らずにいたね。
車の免許証みたいに別撮りだと思ってたけど、違うんだよね。

イマイチ納得がいかないまま、目の前のパスポートセンターへ。
今度は備え付けのパスポート申請書とやらを書いた。
それはお手本通りに書けばいいから、特に問題無し。
意外とパスポートセンターはヒマで、係の方も親切に教えてくれた。

申請書には“本人の自筆で”と書いてあった。
なるほど、だから代書が出来ないのかと思ったね。

そして、パスポートは10年物にするか5年物にするかを迷ったが、
5年って意外とあっという間だろうと思って10年物にしといた。

んで、申請書と戸籍謄本と免許証とさっき撮った写真を貼らずに受け付けに出して、
免許写真と本人の顔を係の人が確認しながら、名前と生年月日を言わされる。
これによって確実に本人確認が行われるんだね。

で、料金を払おうとしたら、「今日は必要無いですよ。」ときた。
「へ?そうなんですか?」って言っちゃったよ。
だって、セブン銀行を探した苦労が無意味だったんだもん。

1週間後の受取りの際に、収入印紙+収入証紙を16000円分買って受領書に貼付するらしい。
だから、申請日は必要無かったんだよね。
いや、受領書に買って貼っておいてもいいんだけどさ。

そんなわけで、俺がパスポートに費やした手間を流れで書くとこんなカンジ。

パスポート申請についてネット検索(外務省のページ)
 ↓
新潟市からの戸籍謄本の取り寄せについてネット検索
 ↓
用紙をダウンロードしてインクジェットプリンタで印刷して書く
 ↓
郵便局に行って郵便小為替を買う
 ↓
帰りにサントリーのいちごミルクを買う
 ↓
「おいちぃ!」と喜ぶ(『銃夢』のディスティ・ノヴァ風に)
 ↓
赤色の色素としてコチニール色素(原料はカイガラムシ)が入っている事を思い出す
 ↓
「カイガラムシは天然素材だから…むしろ化学薬品よりマシ…」と迷いを吹っ切る
 ↓
昔、友達の家の近所に大量発生したカイガラムシを思い出してゾッとする
 ↓
「そんな事より封筒探さなきゃ!」と切り替える
 ↓
封筒発見、うち1つを返信用にして自宅の住所など記載する
 ↓
申請用紙と返信封筒と定額小為替金受領書を入れる
 ↓
一段落
 ↓
定額小為替金受領書は領収書ですと新潟の郵送センターから電話が来る
 ↓
定額小為替を再送付する
 ↓
3日後くらいに届く
 ↓
数日後、『そろそろパスポートセンターに行こう』と思い立つ
 ↓
パスポートセンターに着いてからお金を下ろすことを思い出す
 ↓
セブン銀行探し
 ↓
意外と近くにあったと気付き、遠回りが多かった事を知る
 ↓
すぐに『ウォーキングになったからいいか』と考え直す
 ↓
パスポートセンターに戻る
 ↓
写真が必要なのを思い出して撮ってもらう事にする
 ↓
『あれ?代書してくれないの?』とモヤモヤする
 ↓
申請書を書いている時に申請書は本人自筆でないといけないと知る
 ↓
『やっぱ2000円は高いだろ…』と改めて感じる
 ↓
自分以外に申請者が2人くらいしかいない事に気付く
 ↓
『もっと混んでるかと思ってたけど、そうでもないんだなぁ』と感じる
 ↓
提出して本人確認して説明受ける
 ↓
今日はお金が必要無いと知る
 ↓
セブン銀行探しが無意味だったと知る(´;ω;`)
 ↓
係員の方が丁寧で親切だったので、お礼を言って帰る
 ↓
出不精ゆえに、なんだか直帰するのがもったいないような気になる
 ↓
電器屋と本屋とゲーセンとメンズ服屋に行ってみる
 ↓
それほど惹かれるものが無い
 ↓
『ムダに金を遣うのは良くない』と思い返す
 ↓
家に帰る
 ↓
10日後、パスポート取りに行く
 ↓
パスポートゲット
 ↓
写真を眺める『悪くはないが、10年後はかなり変わってるんじゃ?』
 ↓
『外国のゲートで止められたらどうしようかな』と想像する
 ↓
『ふざけるとシャレにならない場面ってあるよね…』と思う
 ↓
ちょっぴり海外旅行が不安になる
 ↓
『いや、なんとかなるだろ、捕まったらそれはそれで』と切り替える
 ↓
家に帰る
 ↓
数日後、パスポートを見る『この写真で10年か…』
 ↓
ブログにする(現在)


10年くらい前にパスポートを取った人に聞きたい。
その写真、同一人物だと証明できそうかね?

かなり変わる人もいると思うんだよね。
激ヤセ、激太り、美容整形をする人もいるだろうし。

整形したらわかりづらいだろうなぁ。
パスポートを取り直した方が良さそうだよね。

目の整形くらいなら、他のパーツを見てわかるだろうけど、
輪郭まで整形しちゃってるとかなり大変そう。
いや、そんな人はめったにいないだろうけど。

しかし、ちょっぴり止められる人とかはよくいるんだろうなぁ。
「ホントにこれはあなたの写真かい?」と。

止められたらちょっと焦るよねぇ…。
それも後に笑い話になるだろうけど。


海外に行ったら、オナカ壊しそうだなぁ…。
そっちの方が心配だわ。
水だけは気を付けようっと。
| 有也 | 思い出 | 16:58 | comments(11) |
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LOVE at Night ~ホストに恋した女子高生~ (JUGEMレビュー »)
有也
 
高校1年生の頃、早く処女を捨てたかった。
周りの子はみんなどんどん『済ませて』行ってた。

「え〜まだしてないの?」
そう言われるのが嫌だった。
私一人がおいてきぼりにされてるような気がしてた。

「早く処女を捨てなきゃ」
そんな焦りを感じてた。

(第一話『おいてきぼり』)
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有也
 
お金もない。
帰る家もない。

私はこれからどうやって生きていけばいいんだろう。
誰かお願いだから私を助けてよ。

とりあえず、新宿まで来たけど寝るトコもない。
警察に行っても家に帰らされるだけだ。
あんな家になんか帰りたくない。

どうしよう。
これからどうしよう。

1人でどうやって生きて行こう。

(第一話『絶望の街角』)
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有也
 
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(―はじめに―より)
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誰かと深く関わるのは嫌だった。
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(冒頭より抜粋)